出会い系を長く使っていると、メールやLINEのやり取りだけでは終わらず、実際に女性と会って出かけることもある。
食事をしたり、ドライブをしたり、観光地へ行ったり。
その中でも、自分の記憶にかなり残っているのが法師温泉へ女性と行ったときのことだ。
何が印象的だったのか。
温泉そのものももちろん良かった。
しかし、それ以上に覚えているのが女性との距離だった。
気がつけば、かなり長い時間、女性がずっと自分の隣にいた。
時間にすると約2時間。
離れて座るというより、すぐ隣。
身体が触れるくらいの距離で過ごしていた。
今回は、そんな法師温泉での出来事を、自分の出会いの記録として残しておこうと思う。
※この記事は私個人の体験と感想を記録したものです。相手が特定されないよう、一部の情報は省略しています。
女性と法師温泉へ行くことになった
法師温泉は群馬県のみなかみ町にある温泉だ。
自分にとって温泉というと、一人で行くのと女性と一緒に行くのではかなり雰囲気が違う。
一人なら自分のペースで動ける。
好きな時間に出発して、好きな時間に帰る。
それはそれで気楽だ。
しかし女性と一緒の場合、目的地へ向かっている時間そのものがデートになる。
「どんなところなんだろう」
そんな話をしながら向かうだけでも、一人旅とは違う。
法師温泉へ行ったときもそうだった。
目的地は温泉なのだが、自分の記憶に残ったのは建物や景色だけではなかった。
気がつくと女性がずっと隣にいる
その女性とは、かなり近い距離で過ごすことになった。
最初から、
「2時間くっついていよう」
などと決めていたわけではない。
自然に隣にいる。
少し時間が経っても隣にいる。
さらに時間が経っても、やはり近くにいる。
結果的に、それが長い時間続いた。
自分としては不思議な感覚だった。
人間にはパーソナルスペースがある。
それほど親しくない相手なら、少し距離を空けたくなることもある。
ところが、そのときはお互いに近くにいる状態が続いた。
嫌なら少し離れることもできる。
それでも距離が変わらなかった。
そのことが妙に印象に残った。
肌が触れる距離はメールでは分からない
出会い系では、最初は文章から始まることが多い。
プロフィールを見る。
メッセージを送る。
返事が来る。
何度かやり取りする。
LINEなどに移ることもある。
しかし、いくら文章を交換しても分からないものがある。
その一つが、実際に会ったときの距離感だと思う。
隣に座ったときに自然なのか。
沈黙になっても気まずくないのか。
近くにいて落ち着くのか。
肌が少し触れるくらい近くにいても、お互いにそのままでいられるのか。
これはプロフィールだけでは分からない。
実際に同じ場所で過ごして初めて分かる。
法師温泉で女性と過ごしたとき、自分はそれを強く感じた。
2時間は意外と長い
後から考えると、2時間というのはかなり長い。
5分や10分ではない。
30分でもない。
約2時間だ。
映画一本を見るくらいの時間になる。
普通なら、同じ姿勢でずっと隣にいると途中で場所を変えたり、少し離れたりすることもありそうだ。
それが長く続いた。
自分は時計を見ながら、
「あと何分」
と計測していたわけではない。
その場では普通に過ごしていた。
だからこそ、後になって思い返したとき、
「そういえば、ずっと隣にいたな」
と思った。
時間を意識しないくらい自然だったのかもしれない。
温泉だから距離感も普段とは違った
場所の影響もあったと思う。
例えば新宿のカフェで向かい合って座っている場合と、温泉へ一緒に出かけた場合では空気が違う。
日常から少し離れている。
景色も違う。
時間の流れも違う。
法師温泉のような場所には、都会のカフェとは違った落ち着きがある。
そのため普段より会話の間を気にしなくてもいい。
何かをずっと話し続ける必要もない。
ただ同じ場所で過ごす。
その時間自体を楽しめる。
自分にとっては、その感覚が新鮮だった。
「何を話したか」より距離を覚えている
不思議なのは、その日に何を話したのかをすべて覚えているわけではないことだ。
会話の細かい内容は時間が経つと忘れていく。
しかし、
女性がずっと隣にいた
ということは覚えている。
これは人間の記憶の面白いところかもしれない。
デートというと、
「何を話せばいいのか」
を気にすることがある。
自分も女性と会う前は、会話が続くかどうかを考えることがある。
しかし後から記憶に残るものは、必ずしも会話の内容だけではない。
そのときの空気。
距離。
景色。
相手の表情。
隣にいた感覚。
そういうもののほうが長く残ることもある。
出会い系で知り合ってもリアルになれば普通の男女
出会い系という言葉には、どうしてもアプリやサイトのイメージがついてくる。
しかし実際に会ってしまえば、スマホの画面は関係なくなる。
目の前に一人の女性がいる。
自分もその場にいる。
そこからは普通の人間同士だ。
相性が合うこともある。
合わないこともある。
話が弾むこともあれば、沈黙することもある。
そして自然に距離が近くなることもある。
法師温泉で過ごした時間は、まさにそういう時間だった。
出会ったきっかけより、
「実際に一緒にいてどう感じるか」
のほうが重要になっていた。
距離が近いからといって勝手に判断しない
一方で、今回の経験から考えておきたいこともある。
女性が近くにいるからといって、
「自分に絶対好意がある」
と決めつけることはできない。
その場では距離が近かった。
それは事実として自分の記憶に残っている。
しかし相手が何を考えていたのかまで、こちらが勝手に決めることはできない。
恋愛では、この区別は大切だと思う。
相手が近くにいる。
手を握る。
隣に座る。
そうした行動から好意を感じることはあっても、相手の気持ちすべてが分かるわけではない。
だから自分としては、
「2時間近くで過ごせたことが嬉しかった」
くらいに考えるのが一番自然だと思っている。
出会いの記録はこういう小さな場面ほど残しておきたい
自分がハッピーメール記録帖を書いている理由の一つは、成功や失敗だけではなく、その途中にあった出来事を残したいからだ。
何人と会った。
何人とLINE交換した。
何回デートした。
数字だけなら簡単に書ける。
しかし実際の出会いは数字だけではない。
法師温泉へ行った。
女性が隣にいた。
長い時間、かなり近い距離で過ごした。
肌が触れるくらいの距離でも不自然に感じなかった。
こういう小さな記憶のほうが、自分にとってはリアルな「出会いの記録」なのかもしれない。
まとめ|法師温泉で覚えているのは女性との距離だった
法師温泉へ女性と行った日のことを振り返ると、自分が一番覚えているのは約2時間という長い時間、女性とすぐ隣で過ごしたことだ。
温泉の景色もある。
会話もした。
一緒に出かけたという思い出もある。
しかし、それ以上に残っているのが距離感だった。
メールを何通交換しても分からないことが、実際に会うと分かることがある。
近くにいて落ち着けるか。
長時間一緒にいて疲れないか。
沈黙しても大丈夫なのか。
そういうものは数字では測りにくい。
だからこそ、自分の中に長く残っているのだと思う。
出会い系での経験というと、つい「出会えた・出会えなかった」という結果だけで考えがちだ。
しかし本当に記憶に残るのは、その途中にあった何気ない時間なのかもしれない。
法師温泉で女性と約2時間、ずっと隣で過ごした。
自分にとっては、それだけでも忘れにくい出会いの一場面になっている。


コメント