出会い系を長く使っていると、ホテルやレストランよりも「場所そのもの」が強く記憶に残っている出会いがある。
今回思い出したのは、女性と夜の公園へ行ったときのことだ。
場所は、群馬県前橋市にある敷島公園 門倉テクノばら園。
昼間なら、ばらを見に来る人たちがいる場所。
ところが夜になると雰囲気が変わる。
私たちが行ったときは人気が少なく、昼間のにぎやかな公園とは違う静けさがあった。
そこで二人でベンチに座った。
話しているうちに距離が近くなり、自然とイチャイチャするようになった。
今振り返ると、何か大きな出来事があった夜というより、**「誰もいないように感じる静かな公園で、好きな女性と二人で過ごした時間」**が印象に残っている。
今回は、そんな昔の出会いをハッピーメール記録帖として残しておこうと思う。
出会い系で会う場所は毎回違った
出会い系で知り合った女性と会うとき、いつも同じ場所へ行っていたわけではない。
食事へ行くこともあった。
ドライブすることもあった。
カラオケへ行くこともあった。
ただ会って話すだけの日もあった。
そして今回のように、公園でゆっくりすることもあった。
今考えると、私はこういう時間が結構好きだったのかもしれない。
お金をかけた豪華なデートではない。
特別なイベントがあるわけでもない。
二人で座って話す。
それだけだ。
でも相手との距離が近ければ、それだけでも十分楽しい。
夜のばら園へ
敷島公園のばら園といえば、私の中では昼間のイメージが強かった。
花を見る場所。
散歩する場所。
明るい時間帯なら、そんな印象だ。
ところが夜に女性と一緒に行くと、同じ場所でもまったく違って感じた。
周囲が暗くなる。
昼間より静かになる。
人の気配も少なく感じる。
そこを女性と歩いているだけで、普通の散歩とは少し違う時間になる。
デートは不思議だ。
同じ場所でも、一人で歩くのと好きな相手と歩くのでは景色まで違って見える。
ベンチに二人で座った
しばらくしてベンチに座った。
ここからは、どこへ行くでもない。
何かを注文する必要もない。
二人で話すだけだった。
最初は普通に会話をしていたと思う。
仕事のこと。
日常のこと。
それまでのやり取りのこと。
何を話したのか、細かい内容まではもう覚えていない。
でも、二人で並んで座っていたことは覚えている。
向かい合って食事をしているときとは違う。
ベンチは横並びになる。
この「横並び」という距離感が妙にいい。
最初は少し間が空いていても、話しているうちに自然と距離が縮まる。
肩が近くなる。
相手の表情も近くなる。
そして会話が途切れても、あまり気にならなくなる。
人気が少ない夜の静けさ
その日は周囲に人がほとんどいなかった。
だから二人の世界に入りやすかったのだと思う。
もちろん公共の公園なので、完全なプライベート空間ではない。
誰かが通る可能性もある。
だから周囲への配慮は必要だ。
それでも当時の私には、その静けさが心地よかった。
人がたくさんいる場所では、どうしても周囲が気になる。
誰かに見られているような気がする。
話している声も聞かれる。
しかし静かな場所なら、相手だけに集中できる。
夜の公園という環境もあって、二人の距離は少しずつ近くなっていった。
気づけばイチャイチャしていた
「ここから恋人っぽい時間になった」
という明確な境界線は覚えていない。
最初からそうする予定だったわけでもない。
二人で話している。
少し近づく。
また話す。
そして、さらに距離が近くなる。
そんな流れだった。
気づけば二人でイチャイチャしていた。
こういうとき、私は言葉より雰囲気のほうが大きいと思う。
メッセージでは分からなかった距離感。
実際に会って初めて分かる相性。
相手が嫌がっていないか。
自分だけが盛り上がっていないか。
そういうものを確認しながら距離が縮まっていく。
一方的に進めるのではなく、二人とも同じ気持ちでいることが大前提だ。
キスすると一気に距離が変わる
そして、その夜はキスもした。
キスをすると、それまでの空気が変わる。
さっきまで普通に会話をしていた二人が、一気に恋人のような距離になる。
私はこの感覚が好きだった。
キスそのものだけではない。
その前の沈黙。
距離が近づく瞬間。
そして、そのあと再び普通に話す時間。
そういう全部を含めて記憶に残る。
夜の公園のベンチという場所も、その感覚を強くしたのだと思う。
ホテルへ行かなくても満たされる夜がある
出会い系の体験談というと、
「会えた」
「ホテルへ行った」
「身体の関係になった」
という結果ばかりが注目されやすい。
でも実際には、それだけではない。
この日のように、ベンチに座って話して、寄り添って、キスをする。
それだけでも満たされる夜がある。
むしろ時間がたってから思い出すのは、こういう場面だったりする。
何時に会ったか。
何を食べたか。
何円使ったか。
そういう数字は忘れてしまう。
でも、
「夜のばら園のベンチに二人で座っていた」
という場面は残っている。
人間の記憶は面白い。
年齢を重ねると意味が変わってくる
若いころなら、もっと先の展開ばかり考えていたかもしれない。
しかし今振り返ると、ベンチで一緒に過ごせた時間そのものに価値があったと思う。
好きな女性が隣にいる。
距離が近い。
話したければ話す。
黙っていても気まずくない。
ときどき顔を見て笑う。
それだけで幸せな時間になる。
恋愛というと、付き合うかどうか、結婚するかどうか、身体の関係になるかどうかなど、どうしても「結果」を求めてしまう。
でも、すべての時間に結果が必要なわけではない。
その瞬間が楽しかった。
それだけで成立する思い出もある。
公共の場所だからこその注意もある
ただし、今なら一つ注意しておきたい。
夜で人気が少ないからといって、公園は二人だけの場所ではない。
散歩している人が来るかもしれない。
近隣に住んでいる人もいる。
公園を利用する人もいる。
だから親密になるとしても、公共の場所であることは忘れないほうがいい。
また、夜の人気が少ない場所には防犯面の問題もある。
特に初対面なら、人目がまったくない場所へ最初から行くより、まず明るく人のいる場所で会ったほうが安心できる。
過去の自分の体験が問題なく終わったことと、誰にでも同じ行動をおすすめできることは別だと思っている。
出会い系だからできた出会い
そもそもハッピーメールを使っていなかったら、この女性とは知り合わなかった可能性が高い。
普段の生活では接点がない。
職場も違う。
友人関係も違う。
生活圏も違う。
そんな二人がネット上でつながり、メッセージをして、実際に会う。
そして夜の公園で一緒にベンチへ座る。
考えてみれば不思議なことだ。
出会い系というサービスは、画面の中だけで完結するものではない。
本当に面白いのは、画面の向こう側にいた人と実際に会った瞬間からだと思う。
デートスポットは豪華でなくてもいい
この体験を思い出すと、デートはお金をかければ成功するものではないと思う。
高級レストラン。
有名ホテル。
テーマパーク。
もちろん、そういう場所も楽しい。
でも二人の相性が良ければ、公園のベンチでも十分だった。
飲み物一本でもいい。
二人で座って話せればいい。
相手との時間を楽しめるなら、場所の豪華さはそれほど重要ではない。
逆に、どれだけ高級な店へ行っても、会話が続かなければ長い時間に感じる。
結局、デートで一番大きいのは「どこへ行くか」より、**「誰といるか」**なのかもしれない。
今でも残っている夜の風景
年月がたつと、出会った女性との細かな会話は少しずつ消えていく。
でも不思議と風景は残る。
暗い公園。
静かな空気。
ばら園。
ベンチ。
隣に座っている女性。
そして二人の距離が近くなっていく感覚。
今の私が同じ場所へ行ったとしても、当時と同じ景色には見えないだろう。
場所は同じでも、隣にいる人が違えば別の場所になる。
だから思い出というのは、場所と人がセットになって残るのだと思う。
あのベンチで過ごした時間
出会い系を使っていると、刺激的な出来事ばかりを「良い思い出」だと思ってしまうことがある。
でも長い時間がたってみると違う。
何気ない時間が残る。
二人で歩いた。
ベンチに座った。
話した。
少し沈黙した。
寄り添った。
キスをした。
その程度の出来事でも、何年も覚えていることがある。
あの夜、敷島公園 門倉テクノばら園で過ごした時間もその一つだ。
大げさな出来事ではない。
人生が変わったわけでもない。
それでも、人気の少ない夜の公園で好きな女性と二人で過ごせた。
「あの時間、幸せだったな」
今振り返れば、それで十分だったと思う。
ハッピーメールを通じて経験した数々の出会いの中で、夜のばら園のベンチは、今でも静かに記憶に残っている。


コメント