ハッピーメールを使っていた頃を振り返ると、女性とのやり取りだけでなく、どこで、どんなふうに使っていたのかまで意外とはっきり覚えている。
私の場合、印象に残っているのが自宅の2階だった。
2階の部屋へ行き、パソコンを起動する。
そしてハッピーメールを開く。
横にはスーパーやコンビニなどで買ったスナック菓子。
お菓子を食べながらプロフィールを見たり、届いているメッセージを確認したりする。
誰かに急かされるわけでもない。
そんな時間が、かなり気楽で楽しかった。
今回は、ハッピーメールを「出会うためのサービス」という視点だけではなく、私が自宅でどのように楽しんでいたのかという生活の記録として書いてみたい。
自宅2階が自分だけのスペースだった
私がハッピーメールを使うとき、自宅2階の部屋はかなり落ち着ける場所だった。
家族と一緒に暮らしていても、ずっと同じ部屋にいるわけではない。
2階へ行けば、一人でパソコンを見る時間を作ることができた。
この「一人になれる」という環境が、ハッピーメールとは相性がよかった。
リビングで家族の視線を気にしながら使うのとは違う。
自分のペースでプロフィールを見る。
気になる女性がいたら少し考える。
メッセージが来ていたら読む。
返事を書きたくなったら書く。
疲れたらやめる。
誰にも時間を決められていない。
今思えば、かなり自由な時間だった。
スナックを持って2階へ行く
ハッピーメールを使うために、特別な準備をしていたわけではない。
むしろ逆だった。
気楽だった。
スナック菓子などを持って2階へ行く。
椅子に座ってパソコンを起動する。
サイトを開いて、今日は何か変化があるかなと確認する。
お菓子を食べながらなので、緊張感はほとんどない。
これから女性と実際に会うとなれば話は違う。
服装も考える。
待ち合わせ場所も確認する。
時間にも遅れないようにしなければならない。
しかしサイトを見ているだけなら、そんな準備はいらない。
部屋着でもいい。
髪型を気にする必要もない。
スナックを食べながらでもいい。
この気楽さは、ネットで相手を探すサービスならではだったと思う。
ログインするだけでも少し楽しかった
毎回、誰かと会えるわけではない。
毎回、魅力的なメッセージが届いているわけでもない。
それでもログインすると、
「今日は何かあるかな」
という小さな期待があった。
新しい人がいるかもしれない。
以前見た人から返事が来ているかもしれない。
プロフィールを見ていたら、気になる女性が見つかるかもしれない。
何も起きない日も当然ある。
それでもパソコンを起動してサイトを見るところから、一つの娯楽になっていたように思う。
テレビを見る。
ゲームをする。
インターネットを見る。
その中の一つとして、私にはハッピーメールを見る時間があった。
スナックを食べながらプロフィールを見る
お菓子を食べながら女性のプロフィールを見る。
文字にすると、かなり日常的な光景だ。
しかし、これが楽しかった。
「この人はどんな人だろう」
「趣味が合いそうだな」
「この自己紹介は面白いな」
そんなことを考えながら見ていく。
もちろんプロフィールだけで相手のすべてが分かるわけではない。
実際にやり取りを始めれば、最初に持った印象と違うこともある。
だからこそ、最初は気軽に見るくらいでちょうどよかったのかもしれない。
スナックを一つ食べる。
プロフィールを一つ見る。
また別の人を見る。
今振り返ると、かなりのんびりした時間だった。
メッセージが来ているとうれしい
ただ眺めているだけの日もあったが、メッセージが届いているとやはりうれしかった。
特に、自分が少し気になっている相手から返事が来ていると、
「来ている」
と思う。
ほんの短い文章でも、その瞬間は楽しい。
すぐに返信するときもあれば、何を書こうか考えることもある。
対面なら、その場で言葉を返さなければならない。
しかしメッセージなら少し考える時間がある。
これは私には合っていた。
お菓子を食べながら、
「どう返そうかな」
と考える。
それも含めて楽しかった。
疲れたらそのまま休める
自宅で使う最大のメリットは、疲れたらすぐ休めることだった。
もう今日はいいかなと思ったらパソコンから離れる。
横になってもいい。
しばらくして、また気になったら確認する。
この自由さは大きい。
外出して誰かと会っていると、そうはいかない。
自宅なら完全に自分のペースだ。
今日は10分だけ。
今日は1時間。
そんな使い方ができる。
私の場合、ハッピーメールは「頑張って出会いを探す」というより、こうした気楽な時間の延長として使っていた部分もかなりあった。
2階の部屋がちょっとした秘密基地のようだった
当時の2階の部屋を思い出すと、少し秘密基地のような感覚もあった。
家族は近くにいる。
しかし自分は自分の空間にいる。
パソコンの向こうには、自分が普段生活している範囲とは違う人たちがいる。
メッセージを送れば、知らなかった女性と会話が始まる可能性がある。
部屋そのものはいつもの部屋だ。
しかしハッピーメールを開くと、そこから外の世界につながっていく。
この感覚が面白かった。
自宅にいるのに、新しい出会いの可能性だけは広がっている。
だから2階へ行ってパソコンを開く時間そのものが楽しみになっていたのだと思う。
今のスマホ中心とは少し違う感覚だった
今なら、こうしたサービスはスマートフォンで使う人が多いだろう。
電車の中でも見られる。
外出先でも確認できる。
ベッドの中でも簡単に使える。
便利なのは間違いない。
それでも私には、パソコンを起動して使っていた頃の記憶が強く残っている。
2階へ行く。
パソコンの電源を入れる。
画面を開く。
スナックを用意する。
そしてハッピーメールを見る。
この一連の行動が、一つの習慣のようになっていた。
便利さだけならスマホのほうが上かもしれない。
しかし思い出として残っているのは、こういう少し手間のかかる時間だったりする。
気楽でも相手は実在する人
ただし、気楽に利用できることと、相手を軽く扱っていいことは別だ。
画面の向こうにいるのは人だ。
暇つぶし感覚でプロフィールを見ること自体はあっても、実際にメッセージを送るなら最低限の礼儀は必要になる。
しつこく連絡しない。
返事を強要しない。
個人情報を急いで聞かない。
相手が嫌がる話題を続けない。
自分の部屋では気楽でも、相手とのやり取りでは節度を持つ。
これは分けて考える必要がある。
また、自分の住所や勤務先などを最初から詳しく伝えすぎないことも大切だ。
気楽に利用できるからこそ、安全面まで気楽になりすぎないようにしたい。
会えなくても全部が無駄だったわけではない
出会い系サービスでは、どうしても「実際に会えたか」が結果として語られやすい。
もちろん、それは分かりやすい成果だと思う。
しかし昔の自分を振り返ると、それだけではなかった。
プロフィールを見ていた時間。
返事が来て少しうれしかった時間。
スナックを食べながらメッセージを考えていた時間。
誰とも会わずに終わった夜。
そうしたものまで含めて、一つの体験になっている。
結果だけを見ると何も起きなかった日でも、そのときの私はそれなりに楽しんでいた。
それなら、その時間まで「無駄だった」と考える必要はないと思う。
ハッピーメールの記憶には部屋まで残っている
今になって面白いと思うのは、女性とのやり取り以上に、当時の生活風景を覚えていることだ。
2階の部屋。
パソコン。
一人で過ごす時間。
そしてスナック菓子。
こうした何でもないものが、ハッピーメールの記憶と結びついている。
人間の記憶とは不思議なものだ。
サービスの機能や画面は変わっていく。
しかし、
「自分がどこに座って何をしていたか」
という小さなことは、何年経っても覚えていたりする。
私にとってハッピーメールは、単なる出会い系サービスではなく、当時の生活の一部だったのだと思う。
まとめ|2階でスナックを食べながら遊んだ時間も思い出
ハッピーメールを使っていた頃、私は自宅2階の部屋でパソコンを開き、スナックを食べながら気楽にサイトを見ていた。
プロフィールを見る。
メッセージを確認する。
返事を考える。
疲れたら休む。
また気になったらパソコンを見る。
そんな使い方だった。
派手な出来事ではない。
誰かとの劇的な出会いの話でもない。
それでも今になって振り返ると、こういう普通の時間ほどよく覚えている。
2階の部屋が自分だけの空間になり、パソコンを開けば知らない人たちにつながっていた。
スナックを食べながら、今日は何かあるかなと画面を見る。
あの気楽さそのものが、私にとってハッピーメールを使う楽しさの一つだった。
ハッピーメール記録帖には、誰と会ったかだけではなく、こんな何でもない一人の時間も残しておきたい。


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