ハッピーメールを長く使っていると、いろいろな女性との出会いがある。
メッセージだけで終わった女性もいる。
電話までしたけれど会わなかった女性もいる。
一度だけ会った女性もいれば、その後も何度か会った女性もいる。
そんな記憶の中で、今でも場所と一緒に覚えているのが、ハッピーメールで知り合った女性と高崎の観音山公園へ遊びに行ったことだ。
出会い系で知り合った女性とのデートというと、最初はカフェやレストランを選びがちだ。
しかし、少し関係ができてくると、
「今度どこか行こうか」
という話になる。
そのとき行った場所の一つが観音山公園だった。
今回は攻略法ではなく、当時のことを思い出しながら、一つの出会いの記録として残してみたい。
最初はハッピーメールの中にいた女性
最初から一緒に公園へ行くような関係だったわけではない。
出発点はハッピーメールだった。
プロフィールを見る。
メッセージを送る。
返事が来る。
少しずつやり取りする。
出会い系では、この段階ではまだ相手のことをほとんど知らない。
プロフィールに書かれていること。
写真から受ける印象。
文章の雰囲気。
その程度だ。
それでもやり取りを続けていると、
「実際に会ってみようか」
という段階になることがある。
画面の中にいた相手が、現実の人になる瞬間だ。
高崎という場所
自分にとって高崎は、まったく知らない土地ではない。
だからデート先を考えるときにも、東京の知らない場所へ行くような緊張感とは少し違った。
知っている地域で女性と会う。
それだけでも安心感がある。
出会い系で初めて会う場合、場所選びは意外と重要だと思う。
人がいる。
移動しやすい。
昼間でも楽しめる。
そして、どちらか一方だけが極端に負担になる場所ではない。
最初のうちは、こうした条件を考えておくと会いやすい。
観音山公園へ行くことになった
そして、その女性とは観音山公園へ遊びに行った。
公園デートというのはシンプルだ。
レストランのようにずっと向かい合って座る必要がない。
歩きながら話せる。
景色を見る。
少し休む。
また歩く。
会話が途切れても、周囲を見ることができる。
これは意外と大きい。
カフェで二人きりで向かい合っていると、
「何か話さないと」
と思うことがある。
公園なら、
「あっち行ってみようか」
「ちょっと休もうか」
というだけでも時間が流れる。
出会い系デートで公園は意外といい
昔は、デートならレストランや映画館など、何か「デートらしい場所」へ行くものだと思っていた。
でも実際には、公園も悪くない。
特に相手とゆっくり話したい場合には向いている。
歩いていると、不思議と会話もしやすい。
正面からずっと相手の顔を見る必要がないからかもしれない。
横に並んで歩く。
景色を見る。
その途中で話す。
沈黙しても、それほど気まずくない。
出会い系で知り合ったばかりの二人には、このくらいの距離感がちょうどいいこともある。
何を話したのかは全部覚えていない
正直に言えば、その日に話した内容を一言一句覚えているわけではない。
恋愛の思い出は不思議だ。
当時は何時間も話していたはずなのに、何年もたつと会話の細部は消えていく。
でも、
「あの女性と観音山公園へ行った」
という場面は残っている。
場所と記憶がセットになっている。
人間は会話より風景を覚えていることがあるのかもしれない。
歩きながら相手を知っていく
公園を一緒に歩くと、メッセージだけでは分からなかった部分が見える。
歩く速度。
話すテンポ。
景色を見たときの反応。
疲れたときに休みたいと言えるか。
こちらに合わせてくれるか。
自分も相手に合わせられるか。
小さなことばかりだ。
でも恋愛では、こういう小さな部分が意外と大切だと思う。
プロフィールに、
「歩く速度はこのくらいです」
とは書いていない。
実際に会わないと分からない。
スマホの中から現実の景色へ
ハッピーメールを使っているとき、最初に見ているのはスマホの画面だ。
写真。
プロフィール。
メッセージ。
通知。
文字の世界だ。
でも会えばスマホから離れる。
目の前に本人がいる。
そして一緒に高崎の景色を見る。
この変化が出会い系の面白いところでもある。
ほんの少し前まで知らなかった二人が、同じ公園を歩いている。
考えてみれば結構不思議だ。
公園デートはお金が中心にならない
公園へ行くもう一つの良さは、金額がデートの中心になりにくいことだ。
高級な料理を注文する必要はない。
高価なプレゼントも必要ない。
一緒に歩く。
話す。
景色を見る。
それだけでも成立する。
もちろん交通費や飲み物代などはかかる。
でも「いくら使ったから良いデート」という話にはなりにくい。
これは自分には合っている。
相手と一緒にいる時間そのものを見やすいからだ。
無理に盛り上げなくてもいい
デートというと、
「女性を楽しませなければ」
と考えてしまうことがある。
面白い話をする。
完璧な店を予約する。
次々に予定を用意する。
もちろん気遣いは必要だ。
でも全部を演出しようとすると疲れる。
公園を歩くくらいなら、そこまで頑張る必要がない。
普通に話す。
普通に歩く。
疲れたら休む。
そのくらいでいい。
その自然な時間が心地いい相手なら、関係も続けやすいのではないかと思う。
出会い系では安全な場所選びも大切
公園ならどこでもいい、というわけではない。
特に初対面に近い相手と会うなら、昼間や人目のある場所を選ぶほうが安心だ。
これは男性側だけの話ではない。
女性にとっても、
「知らない男性と会う」
という警戒心がある。
最初から人の少ない場所へ誘えば、不安に思われても仕方がない。
出会い系では、お互いに安心して会えることを優先したほうがいい。
昼間。
人がいる。
帰りやすい。
こうした条件は地味だが大切だと思う。
観音山という名前まで覚えている理由
たくさんの人と会ったとしても、すべての場所を覚えているわけではない。
「あれ、どこだったかな」
となることもある。
でも観音山公園へ行ったことは覚えている。
やはり普段とは少し違う場所へ行ったからだろう。
カフェなら、似たような風景がいくつもある。
ファミレスもそうだ。
しかし公園や山のような場所は、その場所独特の風景がある。
だから人の記憶と結びつきやすい。
「観音山公園」
という言葉を聞けば、その女性のことまで思い出す。
ハッピーメールで「会えた」だけでは終わらない
出会い系の口コミでは、
「本当に会えるのか?」
が最大のテーマになりやすい。
確かに重要だ。
でも自分の体験を振り返ると、「会えた」の先にもたくさんのことがあった。
一緒に食事する。
ドライブする。
公園へ行く。
話す。
また会う。
仲良くなる。
逆に、一度で終わることもある。
つまり「会える」というのはゴールではなく入口だった。
観音山公園へ遊びに行ったことも、その入口から先にあった出来事の一つだ。
恋愛は場所と一緒に記憶される
昔の恋愛を思い出すとき、
「誰と付き合った」
だけではなく、
「どこへ行った」
を思い出すことがある。
あの駅。
あの店。
あの道。
あの公園。
その場所へ再び行けば、当時の記憶が突然戻ってくることもある。
恋愛は人だけではなく、場所にも残るのかもしれない。
自分にとって観音山公園も、そういう場所の一つになった。
当時は記事になるなんて考えていなかった
もちろん、その女性と公園へ行った当時、
「いつかこれをブログに書こう」
なんて考えていない。
ただ遊びに行っただけだ。
だから写真を大量に残したわけでもない。
細かい会話をメモしていたわけでもない。
今になって思い出している。
でも、だからこそ実録として面白い部分もある。
当時の自分にとっては普通だったことが、時間がたつと一つの記録になる。
出会い系の記録は成功・失敗だけではない
出会い系の記事を書くと、
成功した。
失敗した。
会えた。
会えなかった。
返信された。
ブロックされた。
そんな二択になりがちだ。
でも実際の人間関係は、そんなに単純ではない。
一緒に公園を歩いた。
普通に話した。
景色を見た。
帰った。
それだけの日もある。
大事件ではない。
それでも、自分の人生の中では確かにあった一日だ。
そういう記録も残しておきたい。
まとめ|スマホで知り合った二人が観音山公園を歩いた
ハッピーメールで知り合った女性と、高崎の観音山公園へ遊びに行った。
今振り返ると、派手な出来事ではない。
公園へ行く。
歩く。
話す。
一緒に時間を過ごす。
それだけだ。
でも、自分には今でも記憶に残っている。
最初はスマホの中にいた女性だった。
プロフィールを見て、メッセージを交換していた。
それが実際に会うようになり、一緒に高崎の公園を歩いている。
ネットでの出会いが現実の思い出へ変わった瞬間の一つだった。
出会い系を使っていて思うのは、サービスはあくまで入口だということだ。
その先で何が起きるかは、人によってまったく違う。
自分の場合、その先にあったものの一つが、
高崎の観音山公園を女性と一緒に歩いた一日だった。
何を話したのかは、もう全部は覚えていない。
それでも場所は覚えている。
風景もなんとなく残っている。
そして、
「あのとき一緒に行ったな」
と思い出す。
出会い系の記録とは、何人と会えたかを数えるだけではない。
こういう普通の一日を残しておくことも、自分にとっては立派な記録なのだと思う。


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