ハッピーメールを長く使っていると、プロフィールやメッセージだけではなく、日記が印象に残る女性もいる。
自分が覚えている中に、ほぼ毎日のように日記を投稿している女性がいた。
毎日のように書くのだから、恋愛について書いているのか。
出会いについて書いているのか。
仕事の愚痴なのか。
そう思うかもしれない。
しかし、その女性の日記は少し違った。
自分が見た限りでは、内容のほとんどが、
「今日の夕ご飯」
だった。
今日はこれを食べました。
こんな料理を作りました。
そんな日常的な投稿が続いていた。
当時は何となく眺めていただけだったが、今振り返ると、出会い系サイトの日記としては意外と面白い使い方だったと思う。
今回は、その女性の日記についてハッピーメール記録帖として残しておきたい。
出会い系なのに恋愛の話ばかりではなかった
出会い系サイトの日記と聞くと、最初は恋愛に関係した内容を想像するかもしれない。
「いい人に出会いたい」
「今日は寂しい」
「メールしてください」
そんな投稿が多そうに感じる。
ところが実際には、必ずしもそうではない。
少なくとも自分が見ていた女性は、夕ご飯の話をかなり頻繁に投稿していた。
出会いを探すサイトの中で、
「今日の夕飯はこれ」
と日記を書く。
考えてみると不思議でもあり、自然でもある。
人間は一日中恋愛のことだけを考えているわけではない。
仕事をする。
家に帰る。
料理する。
食べる。
片づける。
寝る。
そんな普通の生活がある。
日記には、その普通の部分が出ていた。
夕ご飯は毎日ネタができる
夕ご飯日記には大きな強みがある。
基本的に毎日ネタが発生することだ。
今日はカレー。
明日は焼き魚。
次の日は炒め物。
疲れた日は買ってきた総菜。
外食した日は店で食べた料理。
豪華な出来事がなくても、夕ご飯はやってくる。
だから日記を続けやすい。
「今日は何を書こう」
と毎回大きなテーマを探す必要がない。
食べたものを記録すれば、一つの日記になる。
これは今ブログを書いている自分から見ると、かなり合理的な方法にも見える。
毎日投稿していると存在を覚える
一回だけ日記を書いた人なら、すぐ忘れてしまうことがある。
しかし、ほぼ毎日投稿している人は違う。
また投稿している。
今日も書いている。
また夕ご飯だ。
そうやって何度も目にすると、その人の存在を自然に覚える。
これはプロフィール写真だけを一回見るのとは違う。
毎日の小さな接触がある。
直接メッセージをしていなくても、
「この人、今日も日記を書いているな」
と思う。
つまり日記そのものが、その人の存在を知らせる役割を持っていた。
「また夕ご飯か」と思うのに見てしまう
面白いのはここだ。
内容が毎回まったく違うわけではない。
基本テーマは夕ご飯。
それなのに、何となく見てしまう。
今日は何を食べたのだろう。
何を作ったのだろう。
昨日とは違うのだろうか。
大事件が書かれているわけではない。
刺激的な話でもない。
それでも、毎日の生活を少しだけのぞくような感覚がある。
むしろ毎回大げさな内容を書く人より、こういう普通の日記のほうが安心して見られることもある。
食事から生活が少し見える
夕ご飯は、その人の生活を意外と映す。
自炊が多いのか。
外食が多いのか。
料理が好きなのか。
簡単に済ませる日もあるのか。
食べ物の好みは何か。
もちろん、夕ご飯だけでその人の性格まで断定することはできない。
日記に書かれていない生活のほうが圧倒的に多い。
それでもプロフィールの、
「趣味:料理」
という一行より、
実際に何日も夕ご飯を投稿しているほうが生活感は伝わる。
プロフィールは自己紹介。
日記は日常。
その違いがある。
毎日書くこと自体がその人らしさになる
自分が今でも覚えているのは、料理一品一品の詳細ではない。
「夕ご飯の日記をほぼ毎日書いていた女性がいた」
ということだ。
つまり、投稿内容以上に「続けていたこと」が記憶に残っている。
一日だけ豪華な料理を投稿する。
それよりも、普通の夕ご飯を何十回も投稿する。
後者のほうが、その人らしさになることもある。
これはSNSでもブログでも同じかもしれない。
特別な一投稿より、積み重ねによって人物像が作られる。
日記はメッセージとは違う距離感がある
メッセージは基本的に一対一だ。
相手に何かを送る。
相手から返事が来る。
そこには少なからず緊張がある。
何を書けばいいか。
返信してくれるか。
嫌われないか。
日記は少し違う。
書いたものを誰かが見る。
誰が見るか分からない。
コメントなどの反応がある場合もあるが、基本的にはもっと緩い。
だからメッセージでは出にくい、その人の日常が見えることがある。
「今日の夕ご飯」というテーマは、まさにその典型だったと思う。
出会いを急いでいる感じがしなかった
自分がその日記から感じたのは、出会いを強く急いでいる雰囲気ではなかった。
もちろん、本人が実際に何を考えていたのかは分からない。
そこは勝手に決めつけることはできない。
ただ、日記だけを見ると、
「誰か会ってください」
という感じではなく、
「今日も夕ご飯を食べました」
という日常の記録だった。
それが逆に自然だった。
出会い系サイトの中でも、普通に生活している一人の人間なのだと感じられる。
日記から話題を作ることもできる
もしその女性とメッセージをするなら、日記は会話のきっかけにもなる。
ただし、
「毎日日記を全部見ています」
のような言い方をすれば、相手によっては距離が近すぎると感じるかもしれない。
そこは注意したい。
自然なのは、
「料理されるんですね」
「そのメニュー、おいしそうですね」
程度だと思う。
相手が公開している内容だからといって、何でも深く聞いていいわけではない。
日記は会話の入口にはなる。
しかし相手との距離感は別問題だ。
自分がブログを書くようになって見方が変わった
当時は、
「今日も夕ご飯の日記か」
くらいに思っていた。
しかし自分でブログ記事を積み重ねることを考えるようになると、少し見方が変わった。
ほぼ毎日何かを書く。
これは簡単そうで意外と難しい。
最初の数日は書ける。
一週間も書ける。
しかし何週間、何か月と続けるには、生活の中に投稿する習慣が必要になる。
その女性にとって夕ご飯日記は、もしかすると生活のルーティンの一つだったのかもしれない。
食べる。
写真を撮る。
日記を書く。
そんな流れができていたのだろうか。
今となっては分からない。
でも、続けるという点では参考になる。
普通の日常ほど後から面白くなる
当時は特別だと思わなかったものが、時間が経つと記憶として面白くなる。
夕ご飯の日記もそうだ。
大事件ではない。
恋愛ドラマでもない。
待ち合わせで何かが起きたわけでもない。
ただ、一人の女性がほぼ毎日のように夕ご飯を投稿していた。
それだけだ。
それなのに自分の記憶には残っている。
ハッピーメールを使っていた時間を振り返ると、こういう何でもない場面が意外と重要なのかもしれない。
「出会えた・出会えなかった」だけではない記録
出会い系の体験談を書くと、
何人と会えた。
返信率は何%だった。
デートできた。
付き合えた。
という結果中心になりやすい。
もちろん、それも大切だ。
しかし長く使っていると、それだけではない。
面白いプロフィールがあった。
印象に残るメッセージがあった。
毎日日記を書く人がいた。
夕ご飯ばかり投稿している女性がいた。
こうした小さな記憶も残っている。
だからハッピーメール記録帖では、結果だけではなく、こういう出来事も書いておきたい。
まとめ|夕ご飯日記がその女性の「顔」になっていた
ハッピーメールで、ほぼ毎日のように日記を投稿している女性がいた。
そして自分が見ていた限り、その内容の多くは夕ご飯だった。
特別なテーマではない。
むしろ、とても普通だ。
しかし毎日続くことで、
「夕ご飯の日記を書く女性」
として自分の記憶に残った。
今日何を食べたか。
何を作ったか。
そんな小さな日常でも、積み重なればその人らしさになる。
出会い系サイトではプロフィールだけを見て相手を判断しがちだ。
でも日記には、プロフィールの数行だけでは見えない日常が少し出ることがある。
そして何年か経った後に思い出すのは、意外にも派手な投稿ではなく、こういう普通の記録だったりする。
ほぼ毎日、夕ご飯の日記を書いていた女性。
当時は何気なく見ていた。
それでも今こうして記事にしたくなるくらいなのだから、あの夕ご飯日記には、その女性なりの存在感があったのだと思う。


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