自宅2階で寝そべりながらハッピーメールを使っていた時間がかなり楽しかった話

良かった点

ハッピーメールを使っていた頃を振り返ると、女性とのやり取りだけでなく、「どこで、どんな姿勢で使っていたか」ということまで意外と覚えている。

私の場合、印象に残っているのが自宅の2階だった。

2階にはパソコンがあり、そこで横になったり、寝そべったりしながらハッピーメールを見ていた。

今考えると、かなり自由な時間だったと思う。

誰かに急かされるわけでもない。

通勤する必要もない。

外へ遊びに行く必要もない。

自宅にいながらパソコンを開けば、そこから知らない女性との出会いにつながる可能性がある。

その感覚が、当時の私にはかなり面白かった。

今回は、そんな自宅2階でハッピーメールを使っていた頃のことを書いてみたい。

※この記事は私個人の過去の利用体験を振り返ったものです。サービスの利用方法や感じ方、現在の機能などは時期によって異なる場合があります。

自宅2階が自分だけの遊び場のようになっていた

当時の私にとって、自宅の2階はかなり落ち着ける場所だった。

外にいると、どうしても周囲が気になる。

電車なら人がいる。

店なら店員やほかのお客さんがいる。

しかし自宅なら、そんなことを気にする必要がない。

パソコンの前に座る。

少し疲れたら横になる。

また気になったら画面を見る。

そんな使い方ができた。

きちんと机に座って何かを作業するというより、

「今日はどんな人がいるかな」

という軽い気持ちで眺めることが多かった。

この気楽さがよかった。

パソコンで見るのが楽しかった

今なら出会い系サービスはスマートフォンで使う人も多いと思う。

しかし私の記憶に強く残っているのはパソコンだ。

大きな画面で見る。

気になるところがあれば確認する。

少し休む。

また見る。

自宅のパソコンだから、時間に追われない。

これが私には合っていた。

スマホなら電車の中でも外出先でも見られる。

その便利さもある。

一方で、自宅のパソコンには、

「これから少しハッピーメールを見よう」

と自分の時間に入っていくような感覚があった。

寝そべりながら使える自由さ

自宅なのだから、姿勢も自由だ。

ずっと椅子に座っている必要はない。

横になりながら休憩することもできる。

またパソコンを見る。

そんなことを繰り返していた。

これが外出する遊びとの大きな違いだった。

普通なら遊びに行くためには準備が必要になる。

服を着替える。

移動する。

お金も使う。

帰宅する時間も考える。

ところがハッピーメールを見るだけなら、少なくとも最初の段階では自宅から始められる。

寝そべっていてもいい。

飲み物を用意してもいい。

疲れればそのまま休める。

自分のペースで楽しめることが、かなり気に入っていた。

「誰かいるかな」と見る時間そのものが面白かった

出会い系を使う目的は、最終的には誰かと出会うことだと思う。

しかし実際に使っていると、それだけではなかった。

今日は何か変化があるだろうか。

返信は来ているだろうか。

どんな人が利用しているのだろう。

そんなことを確認する時間そのものが楽しくなってくる。

もちろん毎回何かが起きるわけではない。

何もない日もある。

それでも、また後で見てしまう。

今振り返ると、私は結果だけではなく、この「確認する時間」も含めて楽しんでいたのだと思う。

返信があるだけで少しうれしかった

自宅で一人でパソコンを見ている。

そこに返信が届く。

それだけで画面の向こうに人がいることを感じる。

当然ながら、返信が来たからといって必ず会えるわけではない。

やり取りが途中で終わることもある。

相性が合わないこともある。

それでも、自分が送った文章に誰かが返してくれること自体が面白かった。

知らない人とのやり取りが、自宅2階から始まっている。

考えてみれば不思議な感覚だった。

外出しなくても何かが始まる可能性があった

私が満喫していた理由の一つは、これだったと思う。

家にいるのに、何かが始まるかもしれない。

普通に自宅で過ごしているだけなら、その日の人間関係はほとんど変わらない。

しかし出会い系を開くと違う。

今まで知らなかった人とやり取りが始まる可能性がある。

もちろん、その先へ進むかどうかは別の話だ。

ただ、

「今日は誰かと話すことになるかもしれない」

という小さな可能性がパソコンの中にある。

それが、自宅で過ごす時間を少し違うものにしていた。

気づけば何度も確認していた

楽しいと感じるものは、つい何度も見てしまう。

ハッピーメールもそうだった。

一度見て終わりではない。

しばらく別のことをする。

また気になって見る。

横になって休む。

また見る。

そんな使い方をしていた。

ゲームなら、

「少しだけやろう」

と思って始めたのに、気づけば長く遊んでいることがある。

私にとって当時のハッピーメールにも、それに近い感覚があったのかもしれない。

ただし、出会い系の場合は相手が実在する人だ。

ゲームとは違う。

返信を求めすぎたり、相手の都合を無視したりしてはいけない。

そこは区別する必要があると思う。

自宅だから自分のペースを保てた

自宅で利用するメリットは、落ち着いて考えられることでもあった。

返信するときも、急ぐ必要はない。

何を書こうか考える。

文章を読み返す。

少し時間を置く。

そういうことができる。

対面なら、その場ですぐ返事をしなければならない。

しかしメッセージなら、ある程度考える時間がある。

私はもともと文章でやり取りすること自体が嫌いではないので、この仕組みとの相性もよかったのだと思う。

楽しいからこそ時間の使いすぎには注意が必要

一方で、満喫できるということは、長時間使ってしまう可能性もある。

何度も確認する。

返信を待つ。

また見る。

これを繰り返せば、いつの間にかかなり時間が過ぎる。

サービスによっては利用にポイントや料金が必要な機能もあるため、時間だけでなくお金についても自分で上限を決めたほうがいい。

今振り返ると、

「楽しいからずっと見る」

より、

「今日はここまで」

と区切ることも大切だったと思う。

これは出会い系だけではなく、ゲームやSNSにも共通する話かもしれない。

会うことだけが思い出ではなかった

出会い系の体験談を書くと、

何人と会った。

LINEを交換した。

デートした。

といった結果に注目しがちだ。

もちろん、それも大きな出来事だ。

しかし長く使っていると、結果とは関係のない場面も記憶に残っている。

私の場合、その一つが自宅2階だった。

パソコンがある。

横になっている。

気が向いたら画面を見る。

誰かから返信が来ていたら少しうれしい。

何もなければ、また後で見る。

特別な事件は起きていない。

それなのに、その時間をかなり満喫していた記憶が残っている。

今振り返ると「自由な時間」を楽しんでいたのかもしれない

なぜあれほど楽しかったのか。

考えてみると、ハッピーメールだけが理由ではなかったのかもしれない。

自分の部屋。

自分のパソコン。

自分の時間。

誰にも急かされず、自分の好きなタイミングで見る。

そこへ「知らない人とつながるかもしれない」という要素が加わっていた。

つまり私は、出会いそのものと同時に、

自分のペースで自由に過ごせる時間

を楽しんでいたのだと思う。

まとめ|自宅2階のパソコンで過ごした時間も私のハッピーメール体験だった

ハッピーメールを使っていた頃を思い出すと、派手な出来事だけが体験ではなかった。

自宅2階でパソコンを見る。

疲れたら横になる。

また気になったら見る。

返信があれば文章を考える。

そんな普通の時間が、当時の私にはかなり楽しかった。

出会い系というと「実際に会えたかどうか」で評価したくなる。

しかし私の場合は、それだけではない。

自宅にいながら知らない人とつながる可能性があり、その変化を自分のペースで眺められる。

それ自体が一つの娯楽になっていた。

もちろん、使いすぎや料金には注意したほうがいいし、画面の向こうにいる相手への配慮も必要だ。

それでも振り返れば、自宅2階で寝そべりながらパソコンを見ていた時間は、私のハッピーメール体験の中でもかなり印象に残っている。

何か大事件が起きたわけではない。

ただ家でのんびり過ごしていただけだ。

それでも、

「あの頃はかなり満喫していたな」

と思える。

そんな何気ない時間も、私にとってはハッピーメール記録帖に残しておきたい一つの思い出である。

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