彼女と赤城神社を歩きながら、手をつないで空想までしていた日の話

交際・日常実録

出会い系やマッチングアプリを長く使っていると、いろいろな女性との思い出が残ります。

メッセージを交換しただけの人。

LINEまで交換した人。

実際に会った人。

一度だけ会って、それきりになった人。

何度か会って、少しずつ距離が近くなった人。

その中でも僕の記憶に残っているのが、彼女と赤城神社を歩いたときのことです。

ただ一緒に歩いただけではありません。

手もつなぎました。

そして歩きながら、これから先のことを空想したりもしました。

今振り返ると、何か特別なイベントがあったから覚えているというより、好きな女性と並んで歩いていた普通の時間そのものが特別だったのだと思います。

二人で神社を歩くという時間

デートというと、レストランやカフェ、映画館などを思い浮かべる人も多いでしょう。

でも僕は、二人で歩く時間も好きです。

特に神社のような落ち着いた場所では、街中のデートとは少し空気が違います。

歩く。

立ち止まる。

景色を見る。

また歩く。

その繰り返しです。

ずっと会話を続けなくても不自然ではありません。

僕にとっては、その静かな時間が心地よかったのだと思います。

手をつないで歩いた

そして彼女とは、手をつないで歩きました。

手をつなぐという行動だけを切り取れば、それほど大きな出来事ではないのかもしれません。

でも、好きな相手の場合は違います。

手が触れている。

隣に相手がいる。

同じ方向へ歩いている。

それだけで、不思議なくらい気持ちが変わります。

もちろん、手をつないだからといって、その先の関係が保証されるわけではありません。

恋愛では、ある一日の距離の近さと、その後の関係は別のものです。

それでも、その瞬間に僕がうれしかったことまで否定する必要はありません。

手をつなぐと距離が一気に近く感じる

LINEを何十回、何百回とやり取りしていても、実際に会うと距離を感じることがあります。

反対に、一緒に歩いて手をつなぐと、それまでより急に相手を近く感じることがあります。

言葉とは違う距離感です。

画面の中にいた相手が、自分のすぐ横を歩いている。

これはネットで知り合った相手だからこそ、より強く感じるのかもしれません。

出会い系では、最初はプロフィールと文章しか分かりません。

そこからメッセージを重ね、会う約束をして、本当に会う。

さらに一緒に出かける。

その過程を考えると、手をつないで歩いていること自体が、僕にはずいぶん遠くまで来たように感じられました。

歩きながら空想もしていた

その日は歩きながら、いろいろなことを考えていました。

もし、この関係がずっと続いたら。

また別の場所へ一緒に行けたら。

もっと普通に会える関係になったら。

そんな未来を頭の中で想像していました。

恋愛をしていると、まだ起きていないことまで考えてしまいます。

実際には一緒に歩いているだけなのに、その先の数か月や数年まで頭の中では進んでしまう。

今思えば、それだけ僕の気持ちが動いていたのでしょう。

空想と現実は分けて考えたい

ただ、ここは大切だと思っています。

自分が未来を想像したからといって、相手もまったく同じ未来を考えていたとは限りません。

手をつないでくれた。

一緒に歩いてくれた。

楽しそうに話してくれた。

それらは、その時間を考えるうえでは大切な事実です。

しかし、

「だから相手も将来を考えていた」

とまでは言えません。

恋愛では、自分の気持ちが強くなるほど、相手の行動に意味を加えたくなります。

僕自身もそうだったと思います。

だから今振り返るなら、事実と自分の空想は分けて残しておきたいです。

それでも空想する時間は悪くなかった

だからといって、あの日に未来を想像したことを後悔しているわけではありません。

恋愛の楽しい部分には、まだ決まっていない未来を少しだけ想像することも含まれていると思うからです。

次はどこへ行こう。

今度は何を食べよう。

もっと仲良くなったらどうなるだろう。

そんなことを考える。

現実になるかどうかは、その時点では分かりません。

でも、その瞬間の自分にとっては本物の感情でした。

未来の結果だけで過去の感情を採点する必要はないと思います。

豪華なデートより残る場面もある

不思議なのは、高級な店や大きなイベントより、こういう何気ない場面のほうが後になって思い出されることです。

どんな料理を食べたかは忘れても、一緒に歩いたことは覚えている。

細かい会話は忘れても、手をつないだことは覚えている。

その日の時間を全部正確に再現できなくても、

「楽しかった」

という感覚だけは残っています。

恋愛の記憶は、そういうものなのかもしれません。

出会い系で知り合っても思い出は普通の恋愛と変わらない

出会い系という言葉には、今でも少し特殊なイメージを持つ人がいるかもしれません。

しかし、知り合う入口がインターネットだったとしても、実際に会った後の時間は普通です。

待ち合わせをする。

話す。

食事をする。

景色を見る。

歩く。

そして、ときには手をつなぐ。

アプリやサイトは、あくまで出会うきっかけです。

その後にどんな関係になるかは、二人のやり取りによって変わります。

僕が赤城神社で覚えているのも、サイトの画面ではありません。

隣を歩いていた彼女の存在です。

手をつないだことだけで脈ありとは断定できない

恋愛系の記事では、

「女性から手をつないできたら脈あり」

「手をつないでくれたら好意がある」

といった答えを求めたくなります。

確かに、相手が嫌がらず自然に手をつないでいるなら、少なくともその場では一定の親しさや安心感があった可能性はあります。

ただ、それだけで相手の気持ち全部を判断することはできません。

大事なのは、一つの行動だけを証拠にしないことです。

その後も連絡が続くのか。

また会おうとしてくれるのか。

お互いを大切に扱えているのか。

そうした積み重ねのほうが、関係を考える材料になります。

今振り返って残っているもの

時間が経つと、恋愛の記憶も少しずつ形を変えます。

当時は、

「この先どうなるんだろう」

と思っていたことでも、後になれば一つの思い出になります。

それでも、なくなるわけではありません。

彼女と赤城神社を歩いた。

手をつないだ。

そして僕は、その先のことまで空想していた。

この三つだけでも、僕にとっては十分に記録しておきたい出来事です。

相手がそのとき何を考えていたのかは、僕には断定できません。

でも、自分が何を感じていたかは分かります。

うれしかった。

楽しかった。

そして、もっと一緒にいられたらと思っていました。

まとめ

出会い系で知り合った女性との記憶というと、メッセージの回数やLINE交換、何回会えたかなど、数字で振り返りたくなることがあります。

でも、本当に残るのは数字ではないのかもしれません。

彼女と赤城神社を歩いたこと。

手をつないでいたこと。

歩きながら未来を空想していたこと。

それは誰かにとっては小さな出来事でも、僕にとっては忘れにくい時間になりました。

恋愛は必ずしも、想像した未来へ進むとは限りません。

それでも、その瞬間に幸せだと思えた記憶には、その瞬間なりの価値があると思っています。

出会い系を使ってきた記録を書き続けるなら、成功や失敗だけではなく、こういう静かな思い出も残しておきたい。

彼女と手をつないで歩いた赤城神社での時間は、僕にとってそんな一日の一つです。

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