彼女が俺のアパートのトイレ掃除までしてくれた|ハッピーメール記録帖

実録ログ

ハッピーメールで知り合った女性との思い出を振り返ると、デートそのものより、妙に日常的な出来事のほうを鮮明に覚えていることがある。

今回思い出したのは、彼女が自分のアパートに来た日のことだ。

食事をしたとか、どこかへ遊びに行ったとか、そういう話ではない。

彼女が自分のアパートのトイレまで掃除してくれた。

今考えても、

「そこまでしてくれたのか」

と思う。

もちろんトイレ掃除自体は特別なことではない。

自分でもできるし、一人暮らしなら本来自分でするものだ。

それでも、ハッピーメールで知り合った女性が自分の部屋に来て、いつの間にかトイレまで掃除している。

出会ったころを考えると、不思議な光景だった。

今回は、そんな小さな出来事をハッピーメール記録帖として残しておきたい。

最初は画面の向こうにいた女性だった

最初から彼女が自分のアパートに来ていたわけではない。

当然、始まりはハッピーメールだった。

プロフィールを見る。

メッセージを送る。

返事が来る。

また返信する。

出会い系では当たり前の流れだ。

その時点では、相手がどんな生活をしているのかもほとんど知らない。

実際に会えるかどうかさえ分からない。

メッセージだけで終わることもある。

突然返信がなくなることもある。

ところが彼女とはやり取りが続いた。

そして実際に会うようになった。

画面の中にいた人が、現実の知り合いになっていった。

何度か会うと「出会い系感」がなくなる

実際に何度か会うようになると、不思議な変化が起きる。

最初は、

「ハッピーメールで知り合った女性」

という意識が強い。

ところが一緒に過ごす時間が増えると、その感覚が薄くなる。

普通に話す。

一緒に食事をする。

笑う。

次に会う約束をする。

そんなことを繰り返していると、出会った場所がどこだったのかは、それほど重要ではなくなってくる。

彼女もそうだった。

いつの間にか、自分の日常の中にいる女性になっていた。

彼女が自分のアパートへ来た

その日は彼女が自分のアパートへ来ていた。

自宅に誰かを入れるというのは、外で会うのとは少し違う。

部屋には自分の生活がそのまま出る。

家具。

服。

テーブル。

冷蔵庫。

洗面所。

そしてトイレ。

きれいにしているつもりでも、普段どんな生活をしているのかは何となく伝わってしまう。

特に一人暮らしだと、自分では気にならなくなっているところもある。

毎日見ているからだ。

なぜかトイレ掃除を始めた

彼女が部屋にいるときだった。

気づくと、トイレを掃除してくれていた。

自分としては、

「え、そこまでやるの?」

という感じだった。

頼んだ記憶はない。

彼女が自分からやってくれた。

トイレ掃除は、誰かの家へ遊びに行って普通にすることではないと思う。

テーブルの上を少し片付けるくらいなら分かる。

使った食器を洗うのも分かる。

でもトイレまで掃除する。

かなり生活の中へ入ってきている感じがした。

正直、ありがたかった

もちろん自分としてはありがたかった。

掃除してもらって嫌な理由はない。

それより、

「自分のためにここまでしてくれるんだ」

という気持ちのほうが大きかった。

トイレ掃除というのは地味だ。

プレゼントのように形に残るものでもない。

高級な食事でもない。

SNSに載せるような出来事でもない。

でも、だからこそ印象に残った。

誰かが自分のために面倒なことをしてくれる。

そこには、言葉とは違う優しさがある。

「彼女がいる生活」を少し感じた

一人暮らしをしていると、基本的に部屋の中のことは全部自分でやる。

掃除するのも自分。

洗濯するのも自分。

ゴミを捨てるのも自分。

体調が悪くても、誰かが自動的にやってくれるわけではない。

だから彼女が部屋にいて、掃除までしてくれている光景は新鮮だった。

少し大げさかもしれないが、

「誰かと生活するって、こういう感じなのかな」

と思った。

恋愛というとデートを想像しやすい。

でも実際の生活はもっと地味だ。

掃除。

洗濯。

食事。

買い物。

そんな普通のことの連続だ。

高価なプレゼントより覚えている

不思議なのは、こういう出来事のほうが長く記憶に残ることだ。

高価な物をもらったわけではない。

豪華な旅行へ行ったわけでもない。

トイレを掃除してくれただけだ。

金額にすればほとんどゼロ。

でも思い出としての価値は金額では測れない。

自分が何も言わなくても動いてくれた。

そのこと自体がうれしかったのだと思う。

世話をしてくれる=愛情とは限らない

ただ、今になって考えると、一つ区別しておきたいこともある。

掃除してくれたから愛されている。

料理してくれたから本気だ。

部屋を片付けてくれたから結婚を考えている。

必ずしもそうとは限らない。

人によって性格は違う。

掃除が好きな人もいる。

散らかっていると気になる人もいる。

人の世話をするのが自然な人もいる。

だから一つの行動だけで、相手の気持ち全部を判断するのは難しい。

それでも、その瞬間の自分がうれしかったことは事実だ。

出会い系の「会えた」の先にあるもの

出会い系の口コミでは、

「本当に会えるのか?」

という話が多い。

もちろん、それは重要だ。

メッセージを何十通続けても、実際に会えなければ関係はなかなか進まない。

でも実際に会えた後には、その先がある。

一度会う。

二度会う。

何度か会う。

相手の部屋へ行く。

自分の部屋へ来てもらう。

そして少しずつ、お互いの日常を知っていく。

自分にとって彼女との関係は、まさにそうだった。

単に、

「ハッピーメールで女性と会えた」

という一行だけでは説明できない。

トイレ掃除で分かった距離

人間関係の距離は、数字では測れない。

メッセージ100通なら恋人。

デート5回なら親密。

そんな公式はない。

むしろ今回のような小さな出来事に距離感が表れることがある。

知り合ったばかりの女性なら、自分のアパートのトイレを掃除している光景など想像できない。

でも彼女は普通にそこにいた。

そして普通に掃除していた。

その「普通さ」が、自分には印象的だった。

男だから掃除しなくていいわけではない

もちろん、

「彼女が掃除してくれるなら自分はやらなくていい」

という話ではない。

自分の部屋は自分で管理するのが基本だ。

特にトイレや水回りは、誰かが来る前に自分で掃除しておいたほうがいい。

恋人が来るからというより、自分が気持ちよく生活するためだ。

今振り返ると、

「彼女に掃除させる前に自分でやれよ」

という見方もできる(笑)。

それも含めて思い出だ。

出会い系で知り合ったことを忘れていた

彼女がトイレを掃除しているとき、自分はハッピーメールのことなど考えていなかった。

「出会い系で知り合った女性が掃除している」

とは思わない。

ただ彼女が自分の部屋にいる。

それだけだった。

考えてみれば、これが出会い系の面白いところかもしれない。

入口はインターネットだ。

しかし、本当に関係ができればオンラインだけでは終わらない。

画面から現実へ移っていく。

恋愛は派手な瞬間だけではない

恋愛の思い出として語られやすいのは、分かりやすい場面だ。

初デート。

告白。

誕生日。

旅行。

記念日。

もちろん、それらも大切だと思う。

でも長く覚えているのは意外に、

「部屋で何となく話していた」

「一緒にスーパーへ行った」

「料理を作ってくれた」

「掃除してくれた」

といった普通の日だったりする。

自分にとってトイレ掃除の記憶もその一つだ。

まとめ|何でもないことなのに今でも覚えている

ハッピーメールで知り合った彼女が、自分のアパートへ来た。

そして、頼んでもいないのにトイレまで掃除してくれた。

文章にすれば、それだけの話だ。

でも自分は今でも覚えている。

なぜだろう。

おそらく、彼女が自分の日常の中に入ってきたことを感じた瞬間だったからだ。

出会ったころはスマホの画面の向こう側にいた。

それが実際に会うようになった。

さらに自分のアパートへ来るようになった。

そして気づけばトイレを掃除している。

出会った最初の日には想像もしなかった光景だ。

恋愛の価値は、大きなイベントの数だけでは決まらない。

誰かが自分のためにしてくれた、ほんの小さなこと。

そういうものが何年経っても残ることがある。

「そういえば、トイレまで掃除してくれたな」

今思い返すと、少し笑えて、同時にありがたかったと思える。

これも自分にとって、ハッピーメールで始まった関係の忘れられない一ページになっている。

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